那珂川 / 夢野久作「父 杉山茂丸を語る」
幼い日の久作が父 茂丸の背中に負われて泳いだのが那珂川。
父は六歳になった筆者を背中に乗せて水泳を試み、那珂川の洲口を泳ぎ渡って向うの石の突堤に取着き、直ぐに引返して又モトの砂浜に上った。滅多に父の背中に負ぶさった事なぞない私はタマラなく嬉しかった。
その父の背中は真白くてヌルヌルと脂切っていた。
その左の肩に一ツと、右の背筋の横へ二ツ並んで、小さな無果花色の疣が在った。左の肩へ離れて一ツ在るのが一番大きかったが、その一つ一つに一本宛ずつ、長い毛がチリチリと曲って生えているのが大変に珍らしかったので、陸に上ってから繰返し繰返し引っぱった。
「痛いぞ痛いぞ。ウフフフ……」と父が笑った。
夢野久作「父 杉山茂丸を語る」
夢野久作略年譜によると
「明治二十六年」(1893)四歳
住吉より博多鰯町に移転
とある。
鰯町は現存しない町名だが、現在の博多区須崎町付近に該当するらしい。
現在の地図で見ても、須崎町は那珂川の河口付近に位置する。
もっとも、埋め立てなどによって現在の海岸線は当時の位置より海側にずれている。河口にあたる箇所もかなり水深が深くなっている。
(2018/08/05)
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