カステラが呼び覚ます甘い記憶 -松翁軒 カステラ文學館これくしょん

カステラが呼び覚ます甘い記憶 -松翁軒 カステラ文學館これくしょん

長崎の老舗カステラ店 松翁軒が地元新聞に掲載した読み物付き広告をまとめた本。

出版は2007年12月1日、文章は「シュガーロード 砂糖が出島にやってきた」などの著作がある明坂英二氏、イラストは下谷二助氏。松翁軒のオンラインショップを見ていた際に本のカテゴリがあり、そこで販売されていたのを見つけて購入した。


松翁軒の広告が掲載されたのは長崎新聞。この本には新聞に掲載した全三段の広告がそのまま原寸大で収録されている。全三段なのでまあまあ大きいスペースだが、文字もイラストも大きくレイアウトされている。この大胆なレイアウトは新聞掲載時にも大変目を惹いたのではないかと思う。

本にするにあたって、新聞広告の内容の解説や関連するエピソ―ドの紹介がそれぞれ見開き2ページぶんづつ追加されている。

明治期から昭和にかけて活躍した30人の文学者・文化人と、彼らとカステラにまつわる話が綴られていて、その30人は以下の通り。

樋口一葉・夏目漱石・北原白秋・正岡子規・芥川龍之介・西条八十・宮沢賢治・竹久夢二・森鴎外・島崎藤村・永井荷風・与謝野晶子・室生犀星・林芙美子・齋藤茂吉・三遊亭円朝・幸田露伴・藤沢周平・佐田稲子・井上靖・司馬遼太郎・內田百閒・森茉莉・池波正太郎・寺田寅彦・向田邦子・遠藤周作・野上弥生子・柴田錬三郎・金子光晴

芥川龍之介は酒が飲めず大の甘党だったそう。「こうやって食べるのが旨い」と、大きなカステラを手づかみでちぎって食べていたそうだが、写真などで見る芥川の風貌からは想像がつかないような意外な姿。

帝国陸軍の軍医だった森鴎外は、軍隊食として取り入れる為の検証をしていたのか、研究室でカステラを切り刻みその成分を詳細に分析している。

こういった感じでひとつひとつのエピソードが面白い。

また、記事の端には松翁軒の名前と商品の広告文がごく控えめに添えられている。

松翁軒の社風から出てくるものなのか この一連の新聞広告も或る種の「品の良さ」がある。私が松翁軒が好きなのは、商品がおいしいのは勿論だけど、こういった端々に感じられる「品の良さ」があるからだと思う。


「マドレーヌ効果(プルースト効果)」というものがある。
マルセル・プルーストが「失われた時を求めて」の冒頭で描いた、紅茶に浸したマドレーヌを口に含んだ途端に幼き日の思い出が鮮明に蘇るという、あの現象を指す言葉だ。フランスには「あなたのマドレーヌは何?」という言い回しもあるらしい。

フランスで云うところの「マドレーヌ効果」は、近代日本においては「カステラ効果」という言葉に置き換えることが出来るかもしれない。

当時は菓子の種類自体が今ほど多くなかったこともあるだろうが、明治~昭和の文学者たちがカステラについての文章を数多く書き残しているのも、それだけカステラが多くの人にとって馴染みがあり、かつ愛されていた菓子だったからだろうと思う。

懐かしい記憶を呼び起こすのは、カステラの甘い味と香りもさることながら、あの輝くような黄色の持つ視覚的効果も大きい気がする。


本のあとがきにはこう記してある。

おいしいカステラは長崎の文化です。この本は読むおいしいカステラです。

カステラにまつわる様々なエピソードを知ると、その味わいも一層深くなる気がする。